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ライトノベルを中心に活動中の作家、空埜一樹のブログです

曖昧ゲームコラム3:スーパーチャイニーズ3

スーパーチャイニーズ3

発売日時:1991年3月1日
発売元:カルチャーブレーン
対応機種:ファミリーコンピュータ

 

ゲームと言えば多くの場合、テレビ画面に向かって孤独にコントローラーを握っている姿が思い浮かぶかもしれない。
だが、何もソロが唯一のプレイスタイルというわけでは無い。
ゲームにはコミュニケーションツールとしての側面があり、現在ではインターネットの発達によって、家に居ながらにして全国のプレイヤーと楽しめるようになった。
ぼく自身、子供の頃には近所の友達と熱狂しながら対戦ゲームなどをしたものだ。
しかしその中でも、相当に貴重だったのではと思う経験がある。
それは、「親と一緒にゲームをしたこと」だ。

今ではもうぼくと同世代の人達が小さな子供を持つことも多くなっているので、親子でゲームをプレイするという姿も自然なものになっているのかもしれない。
しかし二十年以上も前ともなると、当然だが親が幼い頃にテレビゲームを楽しんだことなどない。
それどころか「ゲームをし過ぎるとバカになる」とか「BGMが頭に残り続けておかしくなる」など偏見に満ちた意見を真剣に捉えて、ゲームを悪として認識している人もいた。
ただうちの親はそこまでゲームを忌避していたわけでも嫌悪していたわけでもなく、幾らか興味を持ちつつもいざ触れるには一歩が踏み込めないとか、そういった微妙な心持ちでいたようだった。
思春期に入るか入らないかぐらいの男子が、エロ本の自動販売機の前を通り過ぎる時に友達と話しながら、横目でちらりと様子を伺う時の気持ちにちょっと似てるかもしれない。似てるわけあるか。
書いてて思ったがこのネット全盛期にエロ本の自動販売機ってまだあるんだろうか。
暗くて人目を避けるように設置された場所でほんのりと光る自動販売機の明かりは、何故だが妙にエロチックに思えて、それを平気で購入していく年上がひどく格好良く見えたものだ。
しかしあれはなんでエロ本が落ちる時に異常なまでのでかい音を鳴らすんだろうか。それとも後ろめたさが幻聴を生み出し本来以上の音に聞こえていたのか。謎だ。
とは言え今はエロ本自動販売機のあるあるエピソードトークをしている場合ではない。このブログはすぐに横道に逸れるので申し訳ない。
親とファミコンの話に戻す。
ぼくがファミコンをやり始めてからしばらく遠巻きに見ていた親だったが、次第に興味を持ち始めてきたのかそばで眺めるようになった。未知のものを見せられている類人猿を思わせる行動である。
父親はそれ以上何もしなかったが、母親の方はやがてぼくと一緒にゲームをプレイするようにすらなった。
そこで登場するのが「スーパーチャイニーズ3」だ。
なぜいきなり3なのかと言われれば答えようがないのだが、当時は割と2や3からプレイすることが多かった気がする。
トーリー的に前後の繋がりがなく独立していたし、新しく発売されたソフトをやりたい気持ちの方が強かったからだろう。
くにお君だって時代劇編からだったし、がんばれゴエモンSFCからだ。でも別に困らなかった。
ともあれぼくは母親とスーパーチャイニーズ3を始めた。
スーパーチャイニーズ3は二人協力プレイが可能なので、親子揃って冒険がやれたわけである。
で、肝心のスーパーチャイニーズシリーズであった理由や経緯はまるで覚えていないのだが、まあ、たまたまなんかの機会で買ったのだろう。
薄っすらと記憶しているがぼくは母親がすぐ飽きると思っていた。元々その手のオモチャというか次世代ツール的なものには食指が動かない人だったからというのが大きい。
しかし予想に反して、母親はスーパーチャイニーズ3にどハマりした。ぼくが夏休みの間、延々一緒にソフトを攻略していたほどだ。
そのハマりっぷりがどれくらいかと言うと、当時は夜の10時を過ぎると「遅いから寝ろ」と命じる母親が12時を過ぎてもまだ共にやっていて「ここクリアしないと寝れないよね」と平気な顔をしてふいたほどである。
当時はそんな言葉なかったが、いわゆる「廃人」一歩手前の状態だったのかもしれない。
優れたゲームは時に人を狂わせるのだと、幼心にエンターテイメントが持つ魔性の一端を見た気がした。
だが実を言うと、ぼくはスーパーチャイニーズ3がどんなシナリオだったかほとんど記憶にない。
移動とボス戦がRPG風で雑魚敵やダンジョンが横スクロールアクションという変わった形式だったと思うが、思い出せるのはそれだけだ。
ただただ、普段の親とは違う姿に圧倒されててしまい、そこだけが強烈なまでに脳裏に焼き付いている。
唯一、それ以外にあるとすればプレイヤーキャラとは別に王子と呼ばれるサブキャラがいた気がするのだが、こいつがかなり役立たずというか寧ろ邪魔でしかない野郎だった。
外見はコロコロという雑誌で昔に連載してきた「おぼっちゃまくん」という漫画の主人公、御坊茶魔に似ている。本当によく似ている。疑うなら検索してみて欲しい。オマージュした? リスペクト? 的な? と言いたくなるほどだ。
その御坊茶魔を彷彿とさせる王子が本当にムカつくレベルで要らないことしかせず、戦闘中も敵にハナクソつけたりダメージ与えてないのにドヤ顔してきたりする。頼むから何も出来ないなら大人しくしろ。
たまに大ダメージを与えたり、回復してくれたりするが本当に極々稀でしかなかった。
こういうキャラが身内にいるというのはゲームでもたまにあるのだが、さすがに最後までついてきたのはこの王子ぐらいしかいなかった気がする。
しかも途中で改心するとかそういうこともなく、最初から最後まで王子は王子だった。それはそれで信念を貫いて格好いいなと途中一瞬思うがやっぱりむかつく。成長してくれ。
そんな王子に苛立ちながらもぼくは母親と共に夏休みを使って、スーパーチャイニーズ3を無事にクリアした。
その後も母親は「マリオカート」や「ヨッシーのたまご」などにはまっていったが、最後まで一緒にプレイして盛り上がったのはこのソフトだけだ。
少年時代の色褪せぬ思い出である。

余談1:スーパーチャイニーズ3には「ごくらくパンチ」というべらぼうに強い必殺技があるのだが、これは味方にも使えるのでうっかり攻撃すると間違いなく喧嘩になる。ぼくはなった。友達と。2回ぐらい。
ゲームで取っ組み合いって世界でも上位に入るくらいで終わった後の気まずさが半端ないので、出来ればやらない方が吉である。

余談2:父親の方は「スーパーマリオブラザーズ」をプレイしたが最初に出てくるクリボーで死んでから二度とゲームをやらなかった。
その時は爆笑したが、つい最近、バーチャルコンソールスーパーマリオブラザーズをプレイしたら、普通にぼくも最初のクリボーで死んだ。割と本気でへこむ。
歳をとるってこういうことだ。お父さん、ごめん。

終わり

次回:MOTHER 2